DJ やーまんの令和維新だ!ばかやろう!!!

ド田舎のおじさんが狂った世の中に物申します

本当の日本近代史 その四

武士滅亡への道は目前まで迫っていた。

 

明治維新最大の立役者「西郷隆盛」は新政府と対峙する。

 

それにはいくつかの理由があった

 

まず「征韓論

 

大国ロシアからの脅威を退けるため、開国しない李氏朝鮮を武力で制圧しロシアを牽制しようという動きが出るがあえなくて明治政府から却下される。

 

つぎに「金禄公債書条例」が発布された。

 

これは江戸時代から与えられていた俸禄(給与)を廃止する条例で士族の特権を奪われる条例であった。

  

極め付けは「廃刀令」である

 

武士にとって

 

「刀=魂」

 

であり刀を取り上げられれば武士としての名誉を失う、

それは筆舌に尽くし難く耐えがたい処遇であった。

 

こうして明治政府は士族の特権や名誉を奪う政策を推し進めた。

背景には薩摩に残る「西郷隆盛」を慕う士族たちが脅威だったのではと推測する。

 

条例におとなしく従えばそのまま懐柔できる、

従わなければ武力で制圧することに大義名分を与える結果となるからだ。

 

こうして九州の若い士族たちの不満は沸々と沸き上り頂点に達しようとしていた。

 

そこで西郷は若い不平士族の怒りの矛先を反乱ではなく私学校を作ることで解消しようとした。

 

それは銃砲隊など軍事色の強い学校でのちの薩摩軍の母体となるのだが、私学校とはいえ軍事教練を行っていれば日に日に九州で幅をきかせることになる。

 

 

そして、事態は急変していく

新政府と私学校の些細な衝突から「密偵」の存在が明るみなったのだ。 

 

 

それは不平士族の増長を恐れた西郷と同じ薩摩藩の「大久保利通」の差し金であり薩摩出身の警察官を帰省という名目で「密偵」を送り込んでいたのだ。

 

 

密偵を拷問すると「西郷暗殺」の名を帯びていることが判明。

これに憤慨した私学校の不平士族は武力闘争を避けたい西郷を説得し挙兵に至る。

 

西郷もこれ以上、不平不満の溜まった薩摩の若い衆を抑えつける事ができなかった。

 

「この体はお前さぁたちに差し上げもんそ」

 

仲間の気持ちを汲み取り、戦場に向かった西郷の胸中が伺える。

 

 

そして1887年9月24日

ラストサムライは鹿児島県城山で政府軍の総攻撃を受け散った。

 

「武士はユダヤによって滅亡させらたのだ」

 

 

その後、明治政府はロシアとの「日露戦争」に突入していく。

 

無論ロスチャイルドの思惑である。

手名付けた日本で未だ支配下に無いロシアを叩くのが目的であった。

 

莫大な戦費を国債と言う形で日本に借金させた上、ユダヤブランドの武器や弾薬を買わせる。

 

ロシアは戦争に負け、日本は経済的打撃を受けて富や利益は全てロスチャイルドに搾取された挙句、戦勝国の権利である賠償金すらロシアから回収する事ができなかった。

 

莫大な富を背景に国家を操り都合のいいように戦争させ、利益を総取りするのが「ユダヤ金融」の常套手段である。

 

そして同じ手段で太平洋戦争から戦後へと繋がっていく。

 

 

「サムライはユダヤに負けた」

「武士の滅亡」とともに今もなお日本の富は搾取され続けている。

 

 

 

最後に

 

 

 

なぜ「ユダヤ」が台頭し世界の覇権を握ったか、日本の運命をどう変えて言ったのか筆者の考察を交えてお送りさせて頂いた。

 

こうして歴史を振り返るとご先祖様が大変な時代を生き抜いて我々に命のバトンをつないでくれたという事に感謝の気持ちでいっぱいになる。

 

だからこそ自分だけの都合で子孫を残さないと言う選択は先祖に対する冒涜であると思う。

 

私たちは目の前や未来にどんな不安や不遇があったとしても全力で生きていかねばならない。

 

 

「生殖」とは生、命を無限に増やす事ができる素晴らしい行為である。

 

 

 

本日は以上、